R OBINSON NEWS  2009.7.12


奥尻島の記憶・・・・ Part2へ 


津波によって破壊された緊急車両・・・青苗地区

1993年7月12日午後10時17分マグニチュード7.8という大きな地震発生と共に北海道日本海側南西部は大津波に襲われ、同時発生した火災による被害も重なり奥尻町は壊滅的ともいえる被害をこうむりました。この震災における被害の状況は死者 ・行方不明者は198名、重軽傷者146名(奥尻町発表)という甚大なものでした。(北海道南西沖地震)

連日、テレビ、新聞等で刻々と伝える被害状況を食い入るように見入っていた記憶が御座います。某テレビ局より被害状況を水中からの撮影という依頼を受け、奥尻へ向かったのが地震発生から6日後のことでした。一部復旧された悪路を移動、生中継も含む水中撮影場所は稲穂地区と青苗地区、海に面した漁港町。多くの家屋が倒壊、津波による流失、そして火災消失、まさに町の崩壊でした。余震が続く中、陸海空からの行方不明者捜索及び被害状況調査が未曾有の規模で展開されていました。水中ビデオ撮影も水中捜索を兼ねながら敢行。著しい視界不良状態の中、沈んだ車、めくれたトタン板や家屋の柱、壁の残骸、散乱するおびただしい数の生活用品等、そんな悲惨な海底状況を映しだした映像は当時スクープとしてニュース番組で放映されました。

電話も繋がらず、安否不明。そして神威脇まで苦労してたどり着き、民宿のかあさん達の無事な姿を見つけた時の嬉しさは例えようもありませんでした。
そんな中、テレビ撮影と同時に奥尻島の被災状況を記録写真として撮影致しておりました。しかし、公開の機会を失したまま、ライブラリーの奥にしまいこんでいたのです。
「いつか後世に自分の目で見た真実を伝えなければいけない」という思いは常にありました。今、かつての海と自然の美しさを取り戻しつつある奥尻島、観光地としても奇跡の復活を遂げております。2001年青苗町の震災後地に建設された「奥尻島津波館」は当時の様子を知る膨大な写真や資料が展示されております。一度は行ってみる価値はあるでしょう。

我々が決して忘れ去ってはいけない悲惨な事実の証として、そしてこの震災で亡くなられた方への鎮魂と哀悼の意を込めて震災16年目十七回忌にあたる7月12日に公開致します。

合 掌

M.Imai

北海道南西沖地震・奥尻島の記憶 1993年撮影

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